行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
私は懐かしいここ多摩川のほとりで一人、かの鴨長明の方丈記の有名なくだりをふと思い出した。
あの頃の私は童貞だった。 あれから二十年余り経った今、こんなにも人は進化していった結果、素の本性がまざまざと浮かび上がり、結果として幼子の頃からの面影を残していくものなのだろうか?
近所の女の子とお医者さんごっこをしたことが忘れらない。
ヴィバエロ多摩川と言いたい。
なぜなら思春期を過ごしたこの河原では、ある時はエロ本を拾い、またある時には好きな子と手を初めて触れ合い興奮した思い出ばかりだからだ。
その後様々なエロには資金をつぎ込んできたが思い出に残るようなものは数少ない。
やはり思い出に残るのは人の笑顔であって表情のある思い出以外に私は興味を示さないようだ。
あの純情な日のエロを求めながらまた私は川の流れのように浮き沈みしていくのだろうか。
川の畔にはそのたぐいのホテルも多くデリヘルを呼べる環境は整っているので川歩きは好きだ。
そんな思いを多摩川は知っているのだろうか? |